あるアメリカ留学生の徒然なる日々

アメリカ・カリフォルニア在住の日本人大学生が色々さらけ出すブログ

私が大学正規留学を決めた理由(3)

両親への依存

私は両親から、それはそれは大切に育てられてきたような気がします。それはずっと続くと思っていました。しかし中学生のあたりから、母は私たち姉妹にこのようなことを口にするようになりました。

「私たちがあなたたちに何かしてあげられるのは、あと数年しかないわよ。私たちもいつ死んでもおかしくない歳になって来ましたからね。父なんて肥満体だから尚更よ。だから親は頼れるうちに頼っておきなさい。私たちはあなた方に遺産は残しませんからね。姉妹間で争いの元になるようなものを遺して逝くのは後ろ髪を引かれる思いでしょうから。」

その数年前には、父方の伯父が急逝していました。父は地方の出身者なので、私たちはその伯父とはそれほど関わりはありませんでしたが、まだ50ほどだった伯父の急な訃報は当時の私には衝撃以外の何物でもありませんでした。

その伯父と体型も全く同じであった父をみて背筋が震えたのを覚えています。友人の中にもすでにご両親のどちらかがなくなっている子もいました。いくら医療が発達しても、人は死ぬ時は一瞬で死ぬ。いや、もしかしたら死ぬことはなくても入院、介護が必要となれば医療費がかさむ。たとえ今すぐにはそうならなくても、人はいずれ死ぬ。その時は今度は子供である私たちが彼らをあらゆる方面で支えなければならない。そう思いました。

前回とも似たような考えですが、とにかくしっかりと、安定した職を得るには技術や知識はあるに越したことはないと思い、当時から他の科目よりは若干得意であった英語に強みをもたせるのが一番早いと思い至りました。

 

これはある意味賭けです。留学なんて、一般的な国内大学進学よりも莫大な費用のかかる留学中にも、父母が休止する可能性は十分あるのですから。留学生活が後半に差し掛かった今でもわたしには恐怖が付き纏います。今この瞬間にも、父か母が死ぬかもしれない。費用などの問題は抜きにしても親の死に目に会えないかもしれない。家族が一度に事故にあって、わたしを置いてみんな死んでしまうかもしれない。その時私は、留学したことを後悔するのでしょうか?

 

過ぎたこと、選ばんかった道みな醒めて終わった夢と変わりゃせん

私が大好きな漫画/映画『この世界の片隅に』からの引用です。私が一番気に入っているセリフです。

 

今でも留学すると言う決断が正しかったのか、わからなくなる時が多々あります。しかし、どの道を行っても、迷いや後悔が付き纏わないことなんてないのかな。苦しみや悲しみの数は、人生でどの道を選ぼうと一人ひとり数が決まっていて、いつか経験しなくてはならないことならとりあえず生きていかなくてはならない気がします。あれ?結局話があらぬ方向に脱線してしまいましたね(笑)申し訳ありません。これ以上脱線しないうちにも今回はこの辺りで失礼します。

同性愛と異性愛の話

同性愛と異性愛って本当にそんなに違うの?

以前の記事で私の性的指向を話題にしたので、今日はそれについて私の思うことを書き連ねていこうと思います。

*私の性的指向の話はあくまで一例であり、他の性的少数派の方が私と同じように感じ、体験し、考えていらっしゃるわけではありませんのでどうぞご理解ください。これは性的少数派の私の意見もしくは総意ではなく、性的少数派ではなく、私個人の考え方です。

 

先日知人が某SNSで、ありがたいことではあるのですが、

「日本では同性愛者などの性的少数派は軽んじられている。彼らには声を上げる権利があるはずなのに本当の自分をさらけ出すことを許されず、自分を隠すことを強いられている。私たちは彼らのサポートをするべきだ」

という旨の投稿をしていて、若干思うところがあったので、ここに書き記しますね。

 

同性愛を意識したきっかけ

少々個人的なことにはなってしまいますが、私の話をさせてください。

まず私の恋愛遍歴は

・5歳?くらいの時、幼稚園で当時一番仲の良かった女の子を好きになった(自覚なし)

・中学一年生から二年生の間、学校の二つ年上の先輩に恋をする(無自覚)

・中学三年生の時、仲の良かった友人に恋をする(無自覚)

・高校一年生の時、同じクラスの子が好きになる(初めて自分の感情が恋だと意識する)

・高三のころ、同じクラスの別の子を好きになる

・大学一年生の時、大学のクラブの先輩と付き合う

 

こうして書き出すと意外にもに恋はよくしている方なのでしょうか??平均を存じないのでなんとも言えませんが…おそらく中高時代は好きな人がいない時期がないように思います。漫画のキャラなどは抜きにすると男性を好きになったことはないと言えるでしょう。大学生になり一度だけお付き合いした先輩も、人間としては尊敬していましたが恋愛感情があるかと言われると首を傾げなくてはなりませんでした。それについては周囲にいろいろ言われましたが、後ほど書きます。

 

高一の頃、初めて自覚した時の気持ちには後ろ向きなものなどありませんでした。ただとても客観的に自分の心情を見ていたような気がします。

 

「女子校での恋愛なんて、本当にあるんだなぁ。漫画みたい」

 とか、

「恋をするとちょっとしたことが幸せだったり世界が輝いて見えるって本当なんだなぁ」

とか、

「私、もしかして他の人があまり体験しないような特別な経験をしていると言うことじゃないかしら」

 

まるで他人事(笑)

ただ、ほとんどのことはおそらく異性愛と同じだったと思います。

私が多くの場合告白できなかったのは決して私が恋した相手が同性だったからではなく、私に勇気がなかったことと、その人と気まずくなるのを恐れたのが原因です 。確かに、私にとっては若干イレギュラーな恋愛をしていることに陶酔する時もありましたが、それを他者に表現したり、恋話するのは憚られました。女子校で同性愛者だと思われると人間関係がギクシャクしたりややこしくなることも懸念していたのです。しかしそれは、ネガティブな感情から決めたことではありませんでした。正直言って「誰にも知られることのない自分だけの恋心」と、状況を楽しんでいたことも否めません(笑)

 

結局性別は問題ではなかった??

最後に好きになった人に告白してフラれた時は泣きました。しかしそれは純粋に自分が好きな人と結ばれなかったからであって、また、フラれたのは偶然にもその人が私のことを恋愛感情で好きではなかったからと言うだけであって、私と彼女が同性であったからと言う事実に起因する部分は浮くないように私は思います。

 

恋をしたら楽しい。失恋したら悲しい。

 

これは相手の性別や性的嗜好が何であれ、そう感じる時、人はそれを避けられないように私は思います

また、私は他者や周囲の見えない圧力によって自分の恋愛事情を隠すことを強いられている自覚は全くありません。私は、自ら、好んで、自分がそうしたいから、あえて公表しないのです。なぜなら、わたしがこの気持ちを公言することで、万が一本人の耳に入ってしまったとします。それで不本意ながらフラれてしまって、諦めることを余儀なくされたらわたしは悲しい。告白せずに忍ぶ恋をする方がわたしは楽しいと思ったのです。これは異性愛でも同じように考える人も少なくないのではないでしょうか?

たとえ私が異性を好きになっていたとしても、おそらくわたしは友人に自分の恋話はしなかったと思います。なんだか面映ゆいですし。

 

確かに性的少数派の人も、自分の性的指向や性別を隠すことを強いられるのは良くないと私は思います。しかしだからと言って、皆が皆、カミングアウトする必要も、私は無いと思います。カミングアウトを強いられる世界や、それを美徳とするのもまた、心苦しい環境になるような気がしてならないのです。

 

私は悲劇のヒロインでもなければ、同情されるべき人間でもないのですから。

 

#性的少数派

#性的マイノリティ

#同性愛

 

私が大学正規留学を決めた理由(2)

アメリカに行けば全てがなんとかなると思っていた

 

こちらも本当に他の方々に「しょうもない」と言わしめる理由ですが、当時の私はいたって真剣でした。要するに甘ちゃんだったのです(現在もそうかもしれませんが…)

今思い返せば本当になんともないくだらない理由なのですが、当時の私には、あるコンプレックスがありました。恋愛コンプレックスです。もちろん、女子校に通っているため、異性と関わることのできる機会など、私たちには校外にしかありませんでした。

 

しかし高校三年生になり、私を含めた皆が大学受験対策用の塾に通うようになり、異性との関わり合いも増えました。そんな中、学校に行けば少なくない数の友人が塾で出会った男の子や塾の先生に恋をするようになりました。17、18の女の子なのでそれは全く不自然ではありません。しかし私はというと、全くそんな気配がありませんでした。今思えばそんなに気にすることはなかったのかもしれません。少なくとも塾なんて恋をするために通っているものではないのですから。しかし私は慌てずにはいられませんでした。女子校という閉鎖空間に通い、男性との接触が限られている中でも私は恋に落ちたことが複数回ありました。しかしその相手は常に学内の人でした。仲の良かった友人だったり、2つ上の先輩だったり、あまり話したことのないクラスメイトだったり。しかし同性に恋をしながらもそれまでは全く気にしていませんでした。自分のことを同性愛者だなんて思ったことすらありませんでした。「女子校に通っているから仕方がない」という免罪符があったからです。

 

しかし、異性との接触が増えても全く恋に落ちる気配すら訪れない状況に私は焦れました。そして同時に不安が訪れました。このまま誰も男の人を好きになれなかったらどうしよう。小さい頃からの夢だった、素敵な男の人と出会って結婚してお母さんになるという夢も達成できないかもしれない。怖い。

 

外国人なら好きになれるかも

それでも私はまだ他の可能性を探しました。自分が恋に落ちない理由。そこで思い至ったのは、「もしかしたら日本人の男性はタイプじゃないかもしれない。海外に行けばもっとたくさんの、人種や考え方、文化も違う男性と知り合って好きになるかもしれない」というものでした。今思えば短絡的極まりない理由ですがこれでも当時は真剣そのものでした。また、心の中ではもう一つの思案がありました。『このままもし本当に自分が同性愛者だったとして、結婚は諦めよう。日本も生きづらくなってくるかもしれない。1人で生きて、子供も持たない人生なら、死ぬまで自分の食い扶持は自分でなんとかしなくてはいけない。とりあえず大学進学は絶対条件だ。他に何か、「強み」を持たなくてはいけない。そうだ、英語が話せるようになるのはどうだろう。少なくとも将来、自分の性的嗜好のせいで日本が生きづらくなったら他国に渡れるようになるし、何より日本で英語が話せる国際人材になれば自分を養う程度の職にありつける確率は多少なりとも上昇するはずだ。一石二鳥じゃないか。よし、留学しよう。』

 

このような思考も味方して、私の心はますます留学に傾いていきました。

 

 

私が大学正規留学を決めた理由

突然ですが私はアメリカのカリフォルニアに留学しています。今年でもう四年です。これから数回の記事ではそこに踏み切った理由を暴露していきたいと思います。

クズだと思われてしまうような理由ばかりかもしれませんがお付き合いください

 

 

日本の大学受験からの逃げと、世間体に共存する学歴問題

私の通っていた高校は、進学校とまでは言いませんが大学への進学率が高買ったのです。高校生の約5割が大学進学する現代日本で、進学しない人はほとんどいませんでした。もちろん、皆が高校卒業と同時に大学進学できたわけではなく、浪人してより高いレベルの大学を目指す子も少なくありませんでしたが、それでも卒業から2、3年経てば社会に出る前に四年制の大学を卒業するのが当然とされる世界でした。そんな高校で、私も高校三年生の4月までは日本の大学に進学する気でいました。しかし、そのうち私をなんとも言えない不安が襲い始めました。

 

本当に大学受験なんて乗り越えられるのか?

 

私はそれまで、受験という受験をしたことがありませんでした。幼稚園から所属していた学園に在籍し、エスカレーターの内部進学に身を任せ、それまでに経験したことのある試験なんて学校の定期考査を除けば英検くらいのものでした。つまり、「拒絶される」ということに耐性が全くありませんでした。

そのうえ、私の高校での成績は芳しいものとは言えませんでした。というのも、先述した通り、問題を起こさずお利口に過ごしていれば進級が約束されている学校生活で、真面目に勉強をするのは定期考査の前日くらいのものでした。それでももちろん好成績を奪取できていたわけはなく、進級ギリギリ、先生方から呼び出しされるか否かの瀬戸際の成績でした。こんな成績で大学受験なんて到底無理なのではないのか?そもそも、短期集中型勉強法でいままで乗り越えてきた「試験」を、継続して長期間できる気が全くというほどしませんでした。私の高校では大抵の人が遅くても高校二年の秋には部活も委員会も引退して受験勉強に本腰を入れていたのですが、私はすでに息切れ気味でした。そんな中、「アメリカは大学を卒業までたどり着くのはとても大変だが入学するのは簡単だ」という情報を仕入れたのです。アメリカの大学入試選考は、学校の成績と自己アピールの単作文に基づいて行われる、と。そこで、私は問題と勉強しなくてはいけないという試練を後回しにすることを選んだのです。

友人に出しそびれた手紙の公開2

お嬢様って、何?

私たちが高校を卒業してもう四年も経つのね。私は幼稚園の時からずっとあの学園に通っていて、高校を卒業して10日も経たないうちにアメリカに来てしまったので私の日本の思い出というと、あの学園での生活しかないのよね。そのせいで、私の思う「常識」は、私たち学園内の常識なのか、それとも女の人としての一般常識なのか、それとも日本の一般常識なのかがよくわからなくなることが時としてあるのよね。

 

私は今まで、日本の友達に出身高校をいうと少なくない数の人が、「あら、じゃあお嬢様なのね」と言ってくださってきたけれど、私はそんなこと、いままで一度も感じたことはなかったの。家族で外食に行くのはいつもサイゼリアだし、旅行もそんなにする方ではないし。母は話す時の語尾は「ザマス」ではないし、お家に召使いもいない。でも、最近になってやっと彼らが言っていた意味がわかった気がするの。

 

まず、私は自分が本当に恵まれていることに気がついたわ。あまりお金のお話はしたくないの。なんだか憚られるから。父母は、それこそアクセサリーや高いブランド物のバッグなんて持ち合わせていなかったけれど、それは私たち子供のためだったのだと私はやっと気付いたの。まぁ母曰く彼女は本当に装飾品に興味がないだけのようだけれど。

その代わり彼らは「教育がいちばんの贅沢だ」と言って私と姉妹を幼稚園から高校まで私立に通わせ、妹には学費も全く安くない私立の大学に通うことを許し、私にはもっとお金がかかるであろう大学正規留学をさせてくれた。私が小さい時から英語の塾に通わせてくれたし、書道も姉妹全員に嗜ませてくれた。妹が中学でオーケストラ部に所属を希望した時は、楽器のためのお金や、部活動外でその楽器を練習できるお稽古場にも通わせてくれた。歯列矯正もさせてくれたし、今でも私が在米中に出かける際は、「多少お金がかかってもいいから。安全がお金で買うことができるならそうしなさい」と、ウーバーという配車システムの利用は頻繁に許してくれる。

 

 

井の中の蛙は世間知らず。感謝もしない?

アメリカに学生ビザで滞在している私たち留学生は、州外の学費が適用されて通常の生徒よりも数倍高い学費を収める必要がある上に、原則は校外でのアルバイトは禁止されているの。それでも多くの生徒は学費やお小遣いを賄うために、強制送還とアメリカへの出入国が十年間制限されるリスクを承知の上で違法でアルバイトをする。でも母は私には決してアルバイトを許さない。これはいうのは簡単だけど、それを実際に禁止しても授業料を納めてくれる家族は多くはいないと思うの。そういう面も含めて彼らは私を「お嬢様」と呼んでいたのね。つまり、必ずしもいい意味ではなく、「世間知らずで苦労知らずのあまちゃん」という意味を含んでいたということは最近になってやっと気付いたの。

 

なんだかここまで書いて、つい先日巷で話題になった「田舎者と貧乏人を初めて見た話」の著者さんと似ても近い状況ね。つまり私は、井の中の蛙だったの

人生経験と恋愛の話(友人に出しそびれた手紙の公開1.5)

恋愛相談相談と人生経験 

 

(以下は2019年3月14日に書いたけれど出すことのできなかった手紙です…)

聞いてくださいな!今日はいつもとうって変わって人生相談をします!

お題は恋話です!残念ながら「最近、〇〇と一緒にいるとドキドキして…この気持ちは何?」とか、そういう可愛らしいお話ではないのよ…まぁ私の恋話とかどうでもいいと思うので丁度いいくらいよ(?)りなちゃんの恋愛話なら大歓迎よ!笑顔で聞きたいわ!りなちゃんのすることで私が嫌がることなんてないもの!(もちろん、するかしないかは10割個人の意思が尊重されるべきだと思うので、りなちゃん次第よ!りなちゃんが私に恋愛話をしなくても私はりなちゃんのことを大好きだし、それは本当に個人の自由なのよ!もし恋愛相談を他人に強要するなんてことがあったらそれは相談でもなんでもないでしょう?)

 

私たちは21歳の女性として、すでに社会では大人に分類されるわけだけれども、私はまだまだ社会が言うところの「大人」になりきれていない感じがするの(前回のお手紙で察せられただろうけど)…今日はそんなこともあって疑問に思ったことをお話しするわ!

 

本題に入るわね。恋愛相談に関する相談、言うなれば恋愛相談相談よ…

世間一般の大学生以上の年代のいわゆる「オトナの」女の人の恋愛相談って結構直接的というか、なんというか、高校時代の自分には考えられないものだったりするのよね(もちろんそれは私たちが女子校出身だったということもあると思うけれども)。今まではそれを気にしていなかったの。でも私、最近とんでもないことに気がついたの!なんと私、この私が、お子ちゃま扱いされているのではないかしら!?

この結論に思い至った経緯を説明するわね。他のお友達がそういった深い関係の恋愛相談を最初にしてきた時に、まさかそこまで赤裸々に語られるとは思っていなかったので、私、固まってしまったの。それはそれはびっくりしたのよ!?2年くらい前の話なのだけれども、私、当時は女子校を卒業して一年ちょっとの甘ちゃんだったの。(ここから少し直接的な表現が続くので、苦手だったら次の段落まで飛ばしてもらっても問題ないわ!ごめんなさいね。)当時の会話をそのまま再現させてもらうと、その時、日曜日のお昼だったので友人と昼食を一緒に作って食べていたの。お紅茶を飲んで静寂の中まったりしていたら、急に友達の1人が、神妙な面持ちで、「この前、とても酔っていて、勤め先の同僚(私も彼にはあったことが何回かあった)と寝てしまったの…彼にこれからどう接していいのかわからない」って告白してきたの。私、まさか彼女が私にそういう関係の相談をしてくるとは思わなかったの。なぜなら彼女は私が小中高と女子校出身だということも、私の拙い恋愛(というよりもはや片恋)遍歴も、ましてや私がそういうことに関しては通常より潔癖のきらいがあることも知っていたはずだから、私、冗談ではなく本気でこう返してしまったの。「何をそんなに気にしているの?ただ友達が隣で(文字通り、すやすやぐっすりってことね)寝ていただけでしょう?酔っていて介抱してくれたのなら《迷惑かけてごめんなさいね。ありがとう》と返したらいいんじゃないかしら?」突拍子もなく、びっくりしてしまったのから。それにこれは英語で行われた会話だったので、『I slept with my colleague』なんてもう、そんなの健全解釈しても仕方がないわよね?

 

そうしたら彼女もびっくりしていたの。多分私がウブだと思ったのでしょうね。実際私は耳年増だけれど、ここだけの話、とても純情なの。男性経験なんてもちろんないし、したいとも思わない。異性と2人でお出かけすることすらほとんど避けている(機会がないのももちろんのこと)ほどには大和撫子なの!ほんとうよ!?でも、その最初の恋愛相談をされて私がとんちんかんな世間ずれした回答をしてしまって以来、なんだかすごく溝を感じるというか、お子ちゃまだと思われている気がしてならないの。実際その友達とは4歳以上年が離れているし、仕方がないと言ってしまえばそれまでなのだけれど。

 

それから半年後くらいしてある日、彼女が私にこう言ってきたの。「あなたははそういうの慣れていないから、私のこと簡単に異性と関係を持ってしまう汚い女って軽蔑した?」って。正直、最初は動揺したけれど、軽蔑はしなかったわ。そんなの個人の自由ですもの。ただ、個人的に潔癖の私には話さないで欲しかったなぁ、とか、私ならそういうことはしないけれどなぁ、とは思ってしまったけれど(それくらいは許してちょうだいね?)。なぜって彼女、同僚と一線を超えたとき、私にその半年前に別れた、二年間交際していた彼女のことがいまだに好きって私に泣きながら話したりしていたから。そんな話をした数日後にはその同僚と付き合って、1ヶ月もしないで別れて、かと思いきやまた別の男性と朝帰りが続いて、付き合って半同棲を始めていたから。軽蔑はしないしそういう人間関係のあり方も存在するのはわかっているけれど、本当に私とは正反対の考え方だったのでつい衝撃を受けてしまったの。

 

それで、私、なんて答えたと思う?今となっては後悔しているのよ。「別にあなたの生き方だし気にしていない。私も、言わないだけで同じくらい汚いことをいっぱいしてきたし。」これは嘘でもなく紛れもない本音。でも、私がここで犯した間違いは二つ。一つは、彼女の行動を「汚い」と言ってしまったこと。申し訳ないわ。考えてみれば全く汚いことなんてないのに彼女の言い方につられてしなったの…もう一つは、言葉の綾といえど、勘違いされてしまうような言い方をしてしまい、実際に相手に勘違いされてしまったこと。私の言った、「汚いこと」っていうのは、恋愛関係に関わらい汚いことって意味だったの。恥ずかしながら汚いことは私も生きてきてたくさんしてきていたの。恋愛においてでも言えば、好きな人に心ない言葉をかけて傷つけて反応見て楽しむとかそういう類のことだけれど、それでなくとも、例えば妹が楽しみにしていたアイスを勝手に食べて、なおかつその罪を他の家族になすりつけたとかそういう如何しようも無い「汚らしいこと」。結局、汚いと思うかそうでないかなんて主観だもの。

 

ただ、一つ言わせてほしいのよ!多分彼女は、私が見栄を張ったと勘違いしているの!交際経験もろくにないのに経験豊富なふりをした。と!それは彼女がさらに私のことを、見栄を張るお子ちゃまだと思い込むのを加速させたわ!

ここで問題なのは、私は個人的に、恋愛経験なんて人生経験の一部に過ぎないと思うし、言ってしまえば、恋愛をたくさんする人は、その分野では百戦錬磨でも、必ず他の分野では経験が少ないわけじゃない?また逆も然りだけれども。なぜなら時間は有限だから。それにある経験が、他の経験に勝るも劣るもないと思うのよ。 そうでしょう?経験しないとわからないのだから。なのに、私が見栄を張ったと思われるということは、暗に私が恋愛経験が少ないということは人生経験も劣るとみなしていると勘違いされたということと同義じゃない?これは由々しき事態よ!

というのもね、私、ずっと考えていたの。「あなたに私の気持ちなんてわかるわけがない!」って台詞。当然じゃない?私はあなたではないに限らず、同じ経験さえしていないのだもの。でもそれは、私のせいじゃないじゃない?私だって、もちろん選択できるものはしてきたけれど、必ずしもいつも意図的に或る経験避けてきたわけではないのだもの。冷たいことを言うようだけれども、例えば、私はこれまで、生まれた時からいた父母姉妹は、今でもこれといった病気もなく元気なの。でも、例えばここにあるもう1組の家族がいたとして、そのお子さんは、私と同い年だけれど、小さい時に9.11でお父様を無くしていたとするじゃない?彼のことは本当にかわいそうだと思うし、何か私にできることがあればしてあげたいと思うけれども、絶対彼の気持ちを心から、彼と同じように理解することはできないの。誤解しないで欲しいのは、なにも後ろ向きな意味合いで言っているわけじゃないのよ。なぜなら、私は彼と同じように父親をその事件で失っていないから。たとえ失っていたとしても、感じ方や、それまでの人生の歩みによって形成された個々の差が出てくるから、「全く同じように」感じるというのは、四六時中行動を共にした一卵性双生児出ない限りほぼ不可能よね。そこで彼に「貴方には僕の気持ちがわかるまい」って言われても、わたしは、「そうね。申し訳ないけれどわかれない。」としか言いようがないもの。「わかれなくてごめんね」なんて思わないわ。なぜなら、今書いたように私だってその経験を意図的に避けたわけじゃなく、偶然その経験を避けるに至っただけで、それは私の選択の結果ではないじゃない?もちろん、もしその出来事が起こると知っていたとしたら、それも避けたかもしれない。あるいは、不謹慎でもどうしても彼の苦しさを理解したくて避けないで経験したかもしれない。でもそれは結局、たられば論に過ぎなくて、今私が彼を同じ経験をしていないのは、もちろん半分くらいは私の意思と選択の結果だろうけれど、同じくらい偶然で、私が経験しまいとおもって経験しなかったものではないのよね。それでも、時間があるだけ何かしら私だって経験してきたし、私がしてきたそれらの経験が彼の経験に勝るとも劣るとも思わない。彼がしたのと同じくらいの苦しみを私もどこかで違う形味わったかもしれないし、これから味わうのかもしれない。結局人生の『辻褄』はいつあいうものなのかはわからないのよ。彼が他の時に経験したのと同じくらいの楽しさを、私はその代わりに未だ経験できていないかもしれないし、すでにしたのかもしれない。結局は私も彼の経験なんてわからないから、比べようもないのだけれどね。だから私は自分の今までの異性関係、ひいては人生経験を悪いとか、他の人に劣っているなんて思っていないし、他の人にも劣っている、もしくは私が劣っていると自負していると勘違いされたら困るのよ…人生うまくいかないものね…だからこそ私は恋愛至上主義が嫌いなの。私はおそらく、みんながそれぞれの恋人を愛しているのと同じくらいの愛情を、形こそ違えど友愛という形でりなちゃんや他の、私が愛してやまない人やものたちに注いでいるの。

 

 

友人に出しそびれた手紙の公開1

 

ご機嫌麗しゅう。私よ。本日お手紙差し上げますのは、勉強から逃れるためだとか、そんな理由でございますの。

もう本当にお勉強がしたくありませんの。とりあえず、勉強したくないだとかそういった愚痴を吐く前に近況報告。

 

努力の話

春学期が始まって1ヶ月経ちました。私の通っている大学は三学期制+非必修の夏学期です。必修の三学期はそれぞれ10週間と期末考査が1週間の、計11週間から成り立っています。短い。日本の大学は前期後期の2学期制が多いと聞きます。りなちゃんの大学もそうかしら?私の大学は、夏休みが長いのと引き換えに、冬休みは短かった気がします。3週間くらい?でも春休みなんて1週間なのよ。短いでしょう。もうすでに留学生活も後半なので、いい加減お勉強しなくてはならぬ気もいたします。でも本当に最近は勉強する威力がなくって困ります。私は勉強ができない。頭が悪いと言う意味ではなく。確かに、他の方から見たら私のおつむはちょっと足りていないかもしれませんが、私にとって、そこは問題ではないのです。 なぜなら私は今の自分の脳みそにありがたいことに満足できているから。問題は文字通り「勉強ができない」。勉強する気が起きない。机に向かいたくもない。向かったところで寝落ちです。集中力が続かない。もはや駄目人間です。先ほど私は、「頭が悪いわけではない」と言いました。個人的意見にすぎませんが、私の中では、りなちゃんと同じ高等学校を卒業できている時点で、少なくとも世間一般で言う、頭が悪いという部類に入るわけはないと思うのです。たとえ幼稚園からの内部進学でもなんでも、放校にならずにへばりつけるほどの脳みそは持ち合わせているという意味ですから。もちろん、私も中高で、赤点はとりました。先生に呼び出されたこともあります。しかしそれは、勉強しなかったからであって、本気で勉強してその上であんな点をいただいていたわけではないのよ。それでもある程度、必要最低限の勉強と、要領の良さと運だけで卒業してここまできてしまった。これが問題なのです。努力もそれほどしないで大人になってしまって、失敗なんて生まれてからしたことがないのです。(自慢ではありません。なぜならこの地頭の悪くなさも、要領の良さも、私が生まれてから努力もせずに身についていたものであり、私が頑張って勝ち取ったものではないからです。強いて自慢だとするなら、ここまでの幸運を手に入れられるほどに前世で積んだのであろう徳のみです。それさえ私自身の努力ではなく、私の前世の努力に過ぎませんけれども。)失敗をしたことがないというのは恐ろしいことです。自分の限界も知ることができないのです。もちろん私も、自分が万能とは思っていません。しかし、自分が「失敗」した時にどうなるのか、どのような行動をとるのか、全く予想がつかないのです。そのせいで、したこともない失敗を恐れて、「何をしたらいいのかわからない。失敗したらどうしよう」と立ちすくむのです。今までは失敗しなくてもいいように「逃げ」という手段もたくさん使ってきました。私が大学受験をしなかったのも、他の人に言わせてみれば「逃げ」かもしれません。私自身、純粋に逃げるためというのも、10割まるまるではないにしろ留学する理由のうちのどこかに身を潜めていたことを認めています。しかし、もう学生を過ぎれば、逃げなんて通用しない日が来るのです。逃げずに努力をするか、(社会的に)死ぬか。どちらかなのです。そのうえ、大人の社会の何が恐ろしいかと言えば、「努力したところで、逃げなかったところで死なないとは限らない」うえに、「生き残れない努力など、努力ではない。努力のうちには入らない。努力不足だ」という考えが蔓延していると言うことです。「結果を伴わない努力」は「努力」じゃないなら私が今まで積み上げてきた、「努力を伴わない結果」なんて、なおさらなんなんだという話です。ろくに準備もしないで口から出任せで行なった発表でもらったにも関わらず偶然おこぼれでいただいた好成績や、対策もせずに手に入れたもらった英検合格証明書。全部全部、結果の評価をされてしまったばかりに、 努力を怠ったことを怒ってくれる人なんていませんでした。そのために今こんなに苦労しているなんて!周りからみたら大層幸せな悩みなのでしょうが、私は本気で悩んでいるのです。失敗をもっとすればよかったなぁ。もちろん目上の方からみたら私なんてまだ若いのですが。 だから、もし私がこの先の人生で「失敗」したらその時は喜んでください。私が、失敗の危険性も恐れず何かに挑戦して散るということを覚えたということなのです。「失敗はいいこと」なんて、あるいはそういう意味なのかもしれませんね。とりあえず今は試験直線まで勉強から逃げます。

長くなってしまいましたが、近況報告と自分語りはこの辺にしておきますね。また今度の長期休暇にりなちゃんと直接会ってお話しできる機会を楽しみに待っています。

 

#手紙