あるアメリカ留学生の徒然なる日々

アメリカ・カリフォルニア在住の日本人大学生が色々さらけ出すブログ

私が大学正規留学を決めた理由(2)

アメリカに行けば全てがなんとかなると思っていた

 

こちらも本当に他の方々に「しょうもない」と言わしめる理由ですが、当時の私はいたって真剣でした。要するに甘ちゃんだったのです(現在もそうかもしれませんが…)

今思い返せば本当になんともないくだらない理由なのですが、当時の私には、あるコンプレックスがありました。恋愛コンプレックスです。もちろん、女子校に通っているため、異性と関わることのできる機会など、私たちには校外にしかありませんでした。

 

しかし高校三年生になり、私を含めた皆が大学受験対策用の塾に通うようになり、異性との関わり合いも増えました。そんな中、学校に行けば少なくない数の友人が塾で出会った男の子や塾の先生に恋をするようになりました。17、18の女の子なのでそれは全く不自然ではありません。しかし私はというと、全くそんな気配がありませんでした。今思えばそんなに気にすることはなかったのかもしれません。少なくとも塾なんて恋をするために通っているものではないのですから。しかし私は慌てずにはいられませんでした。女子校という閉鎖空間に通い、男性との接触が限られている中でも私は恋に落ちたことが複数回ありました。しかしその相手は常に学内の人でした。仲の良かった友人だったり、2つ上の先輩だったり、あまり話したことのないクラスメイトだったり。しかし同性に恋をしながらもそれまでは全く気にしていませんでした。自分のことを同性愛者だなんて思ったことすらありませんでした。「女子校に通っているから仕方がない」という免罪符があったからです。

 

しかし、異性との接触が増えても全く恋に落ちる気配すら訪れない状況に私は焦れました。そして同時に不安が訪れました。このまま誰も男の人を好きになれなかったらどうしよう。小さい頃からの夢だった、素敵な男の人と出会って結婚してお母さんになるという夢も達成できないかもしれない。怖い。

 

外国人なら好きになれるかも

それでも私はまだ他の可能性を探しました。自分が恋に落ちない理由。そこで思い至ったのは、「もしかしたら日本人の男性はタイプじゃないかもしれない。海外に行けばもっとたくさんの、人種や考え方、文化も違う男性と知り合って好きになるかもしれない」というものでした。今思えば短絡的極まりない理由ですがこれでも当時は真剣そのものでした。また、心の中ではもう一つの思案がありました。『このままもし本当に自分が同性愛者だったとして、結婚は諦めよう。日本も生きづらくなってくるかもしれない。1人で生きて、子供も持たない人生なら、死ぬまで自分の食い扶持は自分でなんとかしなくてはいけない。とりあえず大学進学は絶対条件だ。他に何か、「強み」を持たなくてはいけない。そうだ、英語が話せるようになるのはどうだろう。少なくとも将来、自分の性的嗜好のせいで日本が生きづらくなったら他国に渡れるようになるし、何より日本で英語が話せる国際人材になれば自分を養う程度の職にありつける確率は多少なりとも上昇するはずだ。一石二鳥じゃないか。よし、留学しよう。』

 

このような思考も味方して、私の心はますます留学に傾いていきました。